画像は、待遇改善を求める縫製工場の労働者の集会、労働者が共同生活する住宅、農村の一般的な家屋です。

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これまで二回にわたって、縫製工場の厳しい労働環境について書いてきました。しかし、なぜ人々は劣悪な環境で働き続けるのでしょうか?

その答えは、農村で働くよりも縫製工場で働く方が、ずっとマシだからです。農村で働くことの厳しさは、僕自身が綿農家さんと一緒に働いたので、知識としてではなく実感としてわかりました。

僕自身が経験した主なものは、
・ 大量の昆虫が襲来し綿花が食べ尽くされてしまった
・ 開花したが豪雨で花が落ちてため実がならなかった
・ 畑に蒔いた綿の種が洪水によって流されてしまった
・ 相場の乱高下によって多額の損失を出してしまった

どれほど過酷な労働環境であっても縫製工場の賃金がゼロになることはありません。待遇改善を求めてデモや集会が開かれ、治安部隊と衝突し、死傷者も出ていますが、少しずつですが労働者の待遇が改善されています。

カンボジアの人口は1500万人。そのうち70パーセントは、零細農家や土地を持たない小作農です。農村で一生懸命働いても、天候不順によって出荷できる見込みの作物が激減してしまったり、作物の価格相場に翻弄されて赤字になることは日常のことです。農産物の多くは時間が経てば腐ったり傷むので、ブローカーが提示する買い取り金額が安くても、育てた作物が台無しになる前に、泣く泣く安値で作物を叩き売るしかないのです。

農業は、種蒔きをしてから作物が実り、それを収穫して現金を得るまでの時間がとても長いです。そのため、収入がない間の暮らしぶりは極めてギリギリの状態が続きます。

作物を多く収穫するがために、借金をしてブローカーから殺虫剤や除草剤、化学肥料を購入したものの、いざ収穫が終わってみると、それらの農業資材の購入代金が支払えずに、土地を売ってしまう農民も増えています。

それでも借金が返せなかったり、そもそも土地のない小作農の場合、自分の娘を売って借金を返済する人身売買が後を絶ちません。眼をこらしても明日の希望が見えない農家が圧倒的に多いのです。こうした貧困から脱出する基礎となるのが子どもに教育を受けさせることですが、その余裕がなく悪循環に陥っています。

上記のような理由から、どんなに劣悪な環境でも、縫製工場で働き続ける人がいるわけです。

労働者は、「失神してしまうような業務」が終わると、ほかの労働者と一緒に、すし詰めにされた小さな部屋に戻ります。六畳一間程度に、6人から8人が寝起きしています。部屋が狭いので、頭と足を互い違いにして眠るそうです。若年の女性労働者が多いので、性的ないやがらせなど、およそ考えられるすべての問題が、毎日のように起きていると言います。

雨漏りやトイレの水が足りないのは珍しくありません。経営側から支給される肌掛けや枕はボロボロでも交換してもらえません。寝ゴザはなく床にそのまま雑魚寝も多いと言います。これが一般的な縫製工場の労働者の生活です。

そんな労働環境であっても「農村の生活よりはマシ」なのです。確実に得られる賃金を求めて、農村から縫製工場に若年労働者が流入し続けている理由は、「そこ」にあるのです。

これは、個人が選択の自由を行使した結果とも言えます。農村の暮らしでは、絶対的貧困から抜け出せないことから生じる絶望感が生み出した社会の構造とも言えます。

(終わり)


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